卒論・修論をはじめるための心理学理論ガイドブック

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北海道大学の伊藤崇先生より『卒論・修論をはじめるための心理学理論ガイドブック』(ナカニシヤ出版)をご恵送いただいた。

心理学や社会学的な論文を書いたり、執筆の相談にのっていると、どうしても理論にフリマワサレル場面がでてきてしまう。例えば、収集してきたデータをお気に入りの理論にただ当てはめてしまったり。もしくは、なんだかんだデータを紹介したあげくに、「◯◯という現象は誰某(199X年)が述べるように、社会文化的に生成、維持されているのだー。」と述べて終えてしまったり。教条主義的だし、なんのためにデータをとってきたのか分からない。

どうしてこのようなことが生じるのか。それは理論の物語る甘ーい上澄みだけを吸収して分かったつもりになっているから。それまでとは異なる世界の見えを提供してくれる理論はことさら魅力的で、その言い回しを真似てみたくなる。

経験を積んだ研究者はそんなことないだろうが、私は未だに上記のような理論にフリマワサレル論述や、理論にフリマワサレタ助言をしてしまうことがある(という自覚がある)。

ではどうしたらそんな理論の用い方を避けられるのか。それは理論を徹底的に読み込む必要がある。他の人がまとめなおした解説書のようなものではなく、原典にあたり、読み込まなければならない。それがこの本のキーフレーズ「理論のメタ読み」である。

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「理論」に振り回されずにすむには、目前の「理論」を客観的にみること、いわゆる「メタ読み」ができないといけません。「メタ読み」とは、今読みこなそうとしている「理論」を、他の学者の理論や同じ著者の例の文献で展開されている理論とすりあわせる事で理解しようとする読み方です。(ⅲ頁)
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本書では、状況論ではおなじみのヴィゴツキーの『思考と言語』、レイブ&ウェンガーの『状況に埋め込まれた学習』、エンゲストロームの『拡張による学習』、コールの『文化心理学』といった著書で展開される諸理論やら、心理学で有名なフェスティンガーの『認知的不協和理論』のような古典理論までをも相手にしながら、「メタ読み」を実践的に展開している。

その流れはABCD。


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A: Abstract 理論の内容の要約
B: Background 理論が書かれた歴史的/社会的/人物的背景
C: creativity 創造性。その理論のどこが新しいのか、どこが評価されているのか。
D: direction 応用可能な方向、処方箋。その理論に従うと、世界がどのように見えるのか。
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例えばベイトソンの『精神の生態学』のABCDの概要は以下のようになっている。

A: ベイトソンは統合失調症患者の息子とその母親とのやりとりを観察していくうちに、特有のコミュニケーションパターンを発見した。それは息子が母親に接しようとすると母親は身体をこわばらせて拒絶するものの、口では息子への愛情を示そうとするといったようなこと。これをベイトソンは「ダブルバインド」と呼び、生物学的要因ととらえられてきた統合失調症をコミュニケーションの問題として捉えなおした。

B: ベイトソンがダブルバインド理論を構想していた時代は、さまざまな領域で因果論的な見方を見直す風潮が生じていた。つまり、何が問題が生じているときにすぐにその原因を探すのではなく、「どうしてそれが問題として可能になっているのか」を問い、「(問題の)状態の維持を支えるプロセス」を記述しようとする。そんな思考様式である。

C: ダブルバインド理論の新しさは、統合失調症というもっぱら個人「内」の問題としてとらえられていた問題を、コミュニケーションの問題、つまり個人「間」の問題として捉え直した点にある。先の統合失調症の息子と母親の関係でみてみよう。母親の息子への拒絶と接近の繰り返し(ダブルバインド)により息子は発作を起こす。そしてその都度「息子はおかしい」と思う母親の意識は高まり、いっそう息子と距離をとろうとしてしまう。こうして発作が起きることで、さらに発作がおきやすい状況(ダブルバインド)が循環してしまう。こういった「循環システム」に目を向けると、実はそのシステム自体は非常にうまく機能していることが浮かび上がってくる。

D: このようなベイトソンの理論は、どのように用いることが可能だろうか。筆者(加藤弘通先生)は、ここで不登校とスクールカウンセラーの例をあげている。学校に適応できず「うまくいっていない」ととらえられがちな不登校は、どのような「システム」のもと達成されている(=「うまくいっている」)現象と考える事ができるのか?また「うまくいっていない」と批判されがちな教育現場でのスクールカウンセラー、これにはどんな悪循環のシステムが見いだせるのか?

Dで挙げた問いの回答は非常に興味深いものなので、是非本書を手に取って読んでいただければと思います。

#また、上記のABCDの内容は、ものすごく端折って書いています。16の理論すべてについて詳細に記述されています。

このベイトソンの章に限らず、極めて明快に問いにこたえてくれている。非常にテンポが小気味よい。執筆者は10人いるのだが、(全ての章がこのABCDの流れで統一されていることもあり)書き方にぶれがないのも本書の特徴だ。通底している。編著ものだと各章の記述レベルが異なり読みにくい場合があるが、すらすら読める。あとがきを見ると、7年もの歳月を費やしているとある。相当の時間を費やして文章を練り上げてきたがゆえの読みやすさでもあろう。

タイトルには「卒論・修論をはじめるための」とあるが、テーマ選びの段階でさらっと読むだけではもったいない。むしろ、本書の味は卒論・修論を執筆している段階でもじわりとわいてくるだろう。1月は卒論・修論執筆者が多い時期だと思うが、心理学で論文を執筆している学生さんは、常に机上においておきたい一冊であると思う。