March 2009 Archives

さよならだけが人生だ

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「 花に嵐のたとえもあるぞ

 さよならだけが人生だ」

本日、横浜国立大学教育人間科学部の塗師先生が退職されました。寂しいけど、名残惜しいけど、さよならだけが人生だ。

惜別の情を胸に、三ツ沢下町の韓国料理屋にてゆかいな仲間で酒宴を催し、塗師先生の国大教員生活を閉じさせていただきました。

季節が変わるたんびに、宴席を設けることにします。

「 花に嵐のたとえもあるぞ

 さよならだけが人生だ」

Gekko

先日、研究仲間がお店を新規オープンされたので行ってきました。場所は二子玉川駅から土手を歩いた木々の中にあるルナティックの2階。

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店名はゲッコ(Gekko:ヤモリ)。店内にはゲッコグッズやアフリカンアートが溢れていて、非常に雰囲気がよいです。

ゲッコのシステムは非常にユニークです。まず、北海道などから取り寄せた新鮮な魚介類、野菜、そして肉類などの中から自分が食べたいものを選び、その素材を購入します。素材(=メニュー)にはそのとき一番いいものだけが並んでいて、「ほぼ仕入れ値じゃないの?」という値段で提供してくれています。

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価格が安い分、調理は自分たちでやります。お店の方が用意してくれた炭、またはコンロで焼くもよし、生でいくもよし。自分で素材を選んで自分で焼く、調味料をまぶす、...これは非常に楽しい経験です。

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これからの桜のシーズンは、外のテラスにでて、多摩川土手の桜を愛でながらもよいでしょう。

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20人、30人で貸し切って集まるのにも最適だと思いました。大学のゼミ単位だとか、仲間どうしの宴席にはもってこいだと思います。2000円位でも相当食べられるのではなかろうか。

うまかったし、やすかったし、たのしかったー。

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疑似同期

先日、年度末のNTT docomoの報告会のためYRPに行ってきた。

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報告会の中でのテーマの1つに、「街における疑似同期」があった。疑似同期ということばは、濱野智史さんがニコニコ動画の分析において用いているもの。



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ネット上で動画を観るという行為は、《客観的》な時間の流れから見れば、各ユーザーが自分の好きな時間に・自分の好きな動画を(=オンデマンドに)視聴するという、「非同期的」な行為である以上、基本的にライブ感を生み出すことはできません。これに対し、ニコニコ動画は、動画の再生タイムラインという「共通の定規」を用いて、《主観的》な各ユーザーの動画視聴体験をシンクロナイズすることで、あたかも同じ「現在」を共有しているかのような錯覚をユーザーに与えることができるわけです。
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常に同期的な、もしくはべったりした出会いを強く望んでいるわけではない、とはいえコミュニケーションへの希求はある...そんな今日的なコミュニケーションの様式を、ニコニコ動画のような疑似同期メディアは支えてくれる。

ニコ動に書き込むことは、自分の好きなときにコミュニケーションをとることができ、そのくせ他の「同じ感覚」を持つ人々とのつながりも体験できる。自分が面白い!と思って「wwwwwww」と書いた部分に、他の人も同様に書いている。他の人が書いている箇所に、自分も書いてみる。...こうして同じ感覚の人どうしのつながりが直接ではないけど体験できる、そんなアーキテクチャの生態系がニコ動の面白さの1つとも言える。

この疑似同期的なつながりの形成、つながりの面白さは、地域メディアにも援用できるのではないだろうか。自分が住まう地域には勿論関心がある、でも、自分が自主的にアクションをおこしたり、毎週末決まった時間に地域活動に参加するのは難しい。

でも、例えば誰かが地域で残した何らかの記録、データで、自分がなんとなく興味があるものを手にすることができるような仕掛けがあったらどうだろうか。街歩き用のpodwalkなんかは、まさに地域における聴覚を通した疑似同期の例の1つかもしれない。

誰かの「発見」した地域情報に触発されて、自分もそれにのっかって地域で情報を発信してみる。極めてニッチなサービスでビジネスにもならないけれども、疑似同期の地域メディアを考えてみるのは興味深いと思う。

Tokyo edit

メトロが好きだ。どこにでも連れて行ってくれる。小学生の頃はじめて東京(といっても主たる目的はつくば博)に来た時、東京に関する最大の記憶は地下鉄だった。

私の持っている山手線内の東京概念地図は、地下鉄の路線地図と等しい。なので、日比谷線がどの道路の下を走っているのか、千代田線はどのようなカーブを描いているのか、意識しようにもまるでできない。


で、Tokyo Edit。


ふだんなんとなく思い描くコトを、形にしてみる。地下鉄の屋根を見上げ、そこを透かして路上を移動したとしたら、どんな風景なのだろうか。小粋で、行き届いていて、でも泥臭く、楽しい。そんな動画コンテンツ、Tokyo edit。

学部4年生伊藤翔氏の作品。ある場所=特定の駅、あるタイミング=発車時間に再生するからこそ味わえるパラレルワールドの面白さ。具現化された妄想の背景には、地図とビデオカメラを手に、都内をチャリで走り回る伊藤氏の狂気じみた努力がある。

湘南道草プロジェクト

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2009年3月20日(金)・21日(土)・22日(日)の3日間、ケータイラボとFm yokohama “We Love Shonan”との企画「ボトルキャップ回収&フリーマーケット(湘南道草プロジェクト)」を開催します。

これまでラジオからの情報告知を介して続けてきたペットボトルのキャップ回収ですが、今年度の〆イベントとなります。

会場は慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスそばの「626 cafe」です。お時間のあるかたは、ぜひお越しください。ホットドリンクも準備していますし、同番組パーソナリティの私物フリーマーケットも行われます。

日時:2009年3月20日(祝)・22日(土)・23日(日)
場所:626 cafe(慶応大学湘南藤沢キャンパスそば・小林ビル1F)地図は以下のURLにあります。

・湘南道草プロジェクト 
http://shonanmichikusa.jp/welcome.html

活弁士

無声映画(サイレント映画)の上映中、内容を語りで表現して解説する職業的解説者である「活(動)弁士」。その活動を生で目にしたことは全くないけれども、こんなユニークな活動をしている活弁士の方がいることをはじめて知った。


坂本頼光さん。


自ら描いたアニメーション作品にセリフを付ける「自作活弁アニメ」を実践している。原作への愛情を豊かにつめこんだパロディ。そして演芸としての二次創作。


無限に感動。


テレビ番組の企画や昔の映像などでしか活弁士の姿は見た事がなかったが、現代版活弁士の姿に激しく感動。「わざの熟達」、「学習」、「パロディ」、「映像制作」、...いろんなテーマでお話をうかがってみたいと強く思った。

季節の風物詩:報告書

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3月。報告書と企画書シーズンまっさかり。無限ファイリング祭り。CD-Rにもデジタルファイルをつめこんで、明日運送会社に駆け込めば、春に一歩近づける。


夜のハゲ頭またアゲハ乗るよ。鉄火丼今度買って。痛いおなか、なお痛い。

無限ペットボトルキャップ

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ケータイラボ*ラジオ番組のプロジェクトとして、激しくペットボトルキャップ回収を行ってきた。

ハイブリッドなメディア空間を横断した場づくり実践だったのだけれども、とりあえずこれまで集めたキャップの総数を正確にカウントしてみることにした。

キャップの山を1人で数えYO!とする気力が起きるわけもなく、メンバー4人が集まった折に勢いで数えてみることにしました。勘定にかかった時間は約40分。上のyoutubeはその様子を早送りしたもので、キャップの山が崩壊していく様と規則正しく運動する8本の腕が見て取れる。

集計結果は4,392個(これは5.49人分のワクチン支援と、34,587gのCO2削減にあたります)。1人で数えていたら多分4時間以上はかかったと思われます...

せっかくなので色分けしてカウントしてみた。

圧倒的に白が多い。白だけで2700個程度となる。次に多いのは青。ペットボトルの水を飲む習慣が根付いていることがうかがえる。そしてあたたかいものや一部のお茶に使われているオレンジや赤や緑が続く。

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3月末に、今年度最後のラジオを介した場作りイベントを実施する予定である。そこの場において、回収されたペットボトルキャップを用いた展示を行う。お菓子の(透明な)でかい空き箱に白・青・赤のキャップをいれてトリコロールキャップを作ってみたり、白地に青で何かロゴを描いてみようとも思う。

しかし、エコ活動、というかキャップ個数集計は、熱い。

土門拳記念館

山形県酒田市にある土門拳記念館に行ってみた。おそらく25年ぶりの来館。結婚式のため帰省した折、車で約20分かけてやってきた(私の実家は酒田市の南に位置する鶴岡市)。

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たぶん当時は小学生だったが、「筑豊のこどもたち」の写真で切り取られた、子どもが泣く様や鼻水だけは記憶に残っている。

wikipediaの土門拳解説を拝借。

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土門拳(どもん けん、1909年10月25日 - 1990年9月15日)は、日本を代表する写真家である。日本の庶民または、仏像等の撮影に特に才能を発揮した。また、日本の写真界屈指の名文家としても知られた。
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私が訪れた時は「古寺巡礼ー仏像ー」と「土門拳が好きだった人々」の企画展示。

写真素人ながら、見た事も無いような仏像への迫り方だと思った。

記念館のスタッフによる解説書のおかげで、仏像には位があること、そしてそれは偉い方から如来、菩薩、明王、天となっているということを再認した。たしかみうらじゅん先生の見仏記にも記載があったような気がする...

例えば如来はみんな大好き阿弥陀如来や毘盧遮那仏。如来まであと一歩の菩薩は弥勒菩薩、観音菩薩などなど。国宝指定の著名な如来と菩薩が多く惹き付けられる。

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中学の歴史の時間、資料集にその姿を見つけて萌え死にしそうになった広隆寺の弥勒菩薩タソの写真も無限にすばらしかった。

「土門拳が好きだった人々」には、ハイパーに著名な人物では志賀直哉、川端康成、棟方志功、藤田嗣治、井伏鱒二、志賀潔、島崎藤村、永井荷風、井上靖司、イサムノグチなどなどの写真が展示されている。

教科書で見た限りの風貌が、それとは異なる雰囲気で並んでいる。人物写真はすばらしい。これは素人ながらにやりたい。特に日本人の文系のおじさん研究者。

「土門拳が好きだった人々」も、文系か理系かといったら文系のおじさんの風貌が多い。文系の神経質そうな人だったり好事家の風貌はすばらしい。味がある。たまらん。

関係ないけれども、「おくりびと」のロケが鶴岡市で行われていることをはじめて知った。大学で学生にそう言われ、確実にだまされていると思っていたら鶴岡市の物産館などにアカデミー賞ほげほげの垂れ幕が下がっていた。

...ほんとだった。

モバイル社会の現在(いま)を考える

スパイラルホールにて行われたモバイル社会研究所企画「モバイル社会の現在(いま)を考える」で報告してきた。

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自分の発表の前は舞台裏に待機している必要があり、また毎度のことながら極度の緊張のため、午前中の発表は残念ながらきちんと見聞きすることができなかった。

午後のパネルは子どもとケータイ。今もっともホットな話題の1つだと思われる。パネリストは以下の方々。

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・Belinda Exelbyさん (GSM Association Project Marketing Director)
・内藤新一さん (内閣府インターネット青少年有害情報対策・環境整備推進準備室 参事官補佐)
・田中辰雄さん (慶応大学経済学部准教授)
・藤代裕之さん (NTTレゾナントgooニュースデスク、「ガ島通信」ブロガー)
・向田愛子さん (モバイル社会研究所研究員)

このパネルにおいて、司会の遊橋さんが投げかけた質問がこれ。


「何歳になったら子どもにケータイを持たせてもいいと思いますか?」


勿論、実際には様々な条件とセットで個別に考えなければならないだろう。「1時間半かけて私立の中学に通う事になった」とか、「フィルタリングかっけられるなら」といった理由とケータイ所有はセットであろうから、一概にこたえられる問いではない。

しかし、子どもとケータイの問題を考えていく上では面白い問いであると思う。その回答のされ方によって、その人や社会の風潮が見て取れるだろう。

内閣府の内藤新一さんの回答は代表的な意見だったと思う。回答は15歳。記憶をたよりに記載するので正確ではないが、その理由の概要は、...

「多くの家庭は義務教育では自宅から近い公立の中学校に通わせることが多い。そうなると通学に多大な時間がかかるわけではない。ただし一方で、友達関係の維持とケータイはもはや切っても切れない関係。よって高校進学時(=15歳)はそれまでの友達ネットワークの維持のためにケータイが必要となるのもうなずける。この頃の子どもの発達段階も鑑みて、家庭でよく協議した上で所持することになるということが生じても妥当であろう。」

といったもの。

田中先生は小学校5、6年生くらいと提示し、「フィルタリングだなんだかけたって、中学生くらいになると、それをかいくぐって面白いコトしようとするんだから。むしろ、そういったコトが全くなされないほうが、日本の技術の未来は危うい。」といったようなコメントをされていたのが非常に面白かった。


私はどうだろう。

ケータイによる通話/メールのコミュニケーション(の価値)は、現在の小中学生にはあまり魅力的ではないと思っている。所持している人の方が少ない時点では、そうだと思う。

誰か特定または数人の相手とのコミュニケーションのためだけにケータイを所持したいと言いだしたら、頑張ってその言を無視すると思う。「リアル」のつぶやきも、隣の席や々部活の友達に向けてやってほしいと思うかもしれない。

でも、ケータイのような情報通信端末を使うと、自分の発する情報がどっかで価値を持つ、そんな可能性が広がることは体感して欲しいかもしれない。例えばオンラインで配信されるゲーム。たとえそれがアマチュアの作品でも、だれかが作ったゲームは世界のどこかの誰かにダウンロードされる可能性がある。

デジタルコンテンツやデバイスは商業的なそれとともに、アマチュアコミュニティで発展していくことが極めて重要だと思われる。アマチュアだからこそ変なことができるし、それがもしかしたらみんなにとって楽しいことになるかもしれない。

...と考えると、現時点での回答は、「中学1年生のお小遣い+お年玉でipod touchを買って、高校1年生からケータイを持ったら?」。

シンポジウム後、コイズミ×ブッシュでテレビに何度も登場した権八で打ち上げに参加させていただきました。レゾナントの藤代さんの部下にあたる方が過去私の授業を履修されていたことや、コスプレへの関心が高さなどを知りました。

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料理はおいしいし、すばらしい人格の持ち主ばかりで、楽しい雪の夜となりました。

バンビ

先週土曜日は研究会で筑波大の大塚キャンパスに来た。東大(本郷三丁目)か筑波大(茗荷谷)で昼食をとるとしたら、まず真っ先に思い浮かぶのが洋食「バンビ」。

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特に茗荷谷のバンビは、その周辺をぐるりフランチャイズのファストフード店や居酒屋、ファミレスなどに取り囲まれており、おそらくバンビの価値を知らないと入らないと思われる。

このバンビ、「洋食屋」という言葉がものすごくマッチする。フレンチとかイタリアンとかではない、日本の洋食屋。店内の雰囲気も、スタッフの方々の振舞いも、料理の味も。

初めてバンビに入ったのは12年前の大学院生の頃。東大での研究会に参加する前に、9つ上の研究者の方にバンビに誘われ、ごちそうになった。「院生ならバンビで食わなきゃ」と言われた。

今はなき、珈琲無料券をいつも財布に入れていた頃が懐かしい。...あれから12年。今回は、来年度から大学院生となる方を誘ってごちそうしてみた(インタビューに協力していただいていたのでそのお礼なのだが)。


「院生ならばバンビで昼食をとる文化」を継承できた。

やきとん喜八@経堂

土曜日の研究会の後、経堂にあるやきとん喜八に行ってきた。「おとなの週末」でコラムを担当しているライター底なし本郷明美さんのおすすめのお店で、大当たり。

串焼きはつくねをのぞき全て120円/1本。もしかしたらフランチャイズの居酒屋の串焼きよりも安い上に、味がすばらしかった!


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東京都世田谷区経堂3-37-20
03-3429-8121
(駅から経堂西通り商店街を歩いて5分)

一緒に行ったのは、大学生の頃のバイト仲間。NTT電報センターでオペレーターをしていたのだが、そこでの同期2人と5年ぶり(たぶん)に集まった。4時間も呑み食い続けて3人で10,000円也。

人間の知覚の域値では5年間の変化は認識できない。「バイトしていた頃と全然変わっていないね」という印象。5年ぶりで3人とも30半ばなので、変わっていないはずがない。さらにバイトしていた時から数えると10年以上経過している。

5年程度で生じた変化は、顔記憶/知覚に関しては誤差にすぎないようだ。こうして数年間隔で再会を繰り返していくと、きっと60歳になっても「バイトしていた頃とほんと変わんないね」と言い合うのだろう。