instructoart

先日のココロ*アートの打ち合わせの際、「フィールドワークを表現する」ためのサンプルの1つとして、instructoartをメンバーでみてみた。



この本には、日常の極めて瑣末なひとびとの「現実の見え」や「ルール」が描かれている。「物乞いから見た地下鉄の乗客の見え」がそうではない人とどのように違うか、であるとか、ヒットを打った後に臀部をぽんぽんと手で軽くたたく仕草も、それが野球のユニフォームじゃないとゲイに見えるとか、ドアがしまりかけたエレベーターに向かって「待って!」と言いながら走ってくる人がいた場合の(エレベーター内の人の)対処方略とか。


日常の人々の何気ないインタラクションを研究対象とする、エスノメソドロジー的な発想、またはゴフマン的な相互行為分析がふんだんに盛り込まれている(著者はそんなつもりで描いているのではない、と思う)。


そして何よりすばらしいのが、それらがすべて1枚のイラストで描かれていること。1ページにおさめられたイラストで、ひとびとの日常的実践の本質を表現してしまっている作品がいくつか載っている。



これまで行ったフィールドワークの知見は、論文や著書や報告書やプレゼンテーションファイルの形で、主にことばを用いて、関心を共有できる人やできそうな人向けにまとめてきた。今なおフィールドワークの成果はフィールドノートに基づいてことばで語られるのが最も良いと思うし、私自身今後もことばによる表現を続けていくと思う。


一方で、instructoartのように、「文化」を共有していることで、ぱっとみて可笑しさや気づきなどが喚起されるような作品をつくってみることができないだろうか。ことばを用いて語られるフィールドノートやフィールドワークの成果とともに、30秒以内で鑑賞者の情動に訴える作品を提示してみる。



この手の「表現」が得意なのはアートの領域だろうし、またアーティストやデザイナは、これまでずっと鑑賞者の情動に直接訴えようとする手段を探求してきた。


まねごとレベルと罵られようとも、アートの手法を援用させてもらい、フィールドワークの成果の「表現」を数年考えてみようと思う。表現それ自体は「学問的」なものとしては捉えられないかもしれないが、ある人間やコミュニティの当たり前の振舞いを1枚のイラストや写真群や1分程度の動画などで表現できたとしたら、それは極めて「学習」として興味深い過程になると思う。


対象をよく理解していないと1枚の絵で表現することなんてできないだろうし、また、見る人=鑑賞者をはっとさせたり、感心させたりすることなんてなおのことできないだろう。


「意外な日常的実践」、これをココロ*アートのプロジェクトで表現してみようと思う。