知覚の文化的デザイン

9月10日、11日、12日と認知科学会第26回大会がSFCで開催されます。


そこで、以下のワークショップを企画しました!無事学会にも採択され、違いの分かる人のしぶい企画内容が実現しました。エスノメソドロジー、アフォーダンスの理論の領域を代表する西阪先生と三嶋先生ご登壇です。




昨年同様「アフタートーク」という名の宴会も実施しますので、9月12日土曜日、是非ご参加下さい!


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企画表題 知覚の文化的デザイン
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日本認知科学会第26回大会
9月12日16:30〜18:00@慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス
http://www.jcss.gr.jp/meetings/JCSS2009/index.html
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企画趣旨
心理学では、生活体が感覚受容器を通じて自己および外界の様子をとらえる働きを「知覚」と名付け、これまで研究の対象としてきた。目で見ること、舌で味わうこと、などの感覚受容器を用いたのプロセスを切り詰めた概念が知覚である。知覚という概念の前提には、知覚対象としての実体の実在がある。つまり知覚ということばを使ったときから、知覚される外界や自己の状態が、知覚そのもののの働きとは独立に実在することとなる。ゲーテの色の知覚に代表されるような実験現象学的な初期知覚研究は、知覚プロセスの外にある実体を感覚器官と中央神経系の活動がどう経験するかの研究であったと言える。一方印象形成や偏見、ステレオタイプなどの事態を対象とした社会的知覚(social perception)研究では、知覚システムを身体の外に拡張してとらえている。こうした社会的事態における行動の解釈は、生活体内部の知覚システムだけでは説明の出来ないことである。そうした知覚システムの説明の拡張はあったものの、しかし知覚可能な対象としての社会的事態が、知覚そのものの働きとは独立に実在する※点では、初期知覚研究と同じ構造を持つ。(※ 研究者がそう仕組んでいるのだから当然だが)以上のように知覚は生活体の外部から内部への、意味・価値の引き込みとして理解されている。またそのことで、生活体の外の実在が保証され、また知覚する生活体自体(コギト)の実在も経験される。知覚と世界と私はもとの安定に収まり、つまり心理学における知覚研究は一周してふりだしにもどる。
だが安定は不安定が見えていないだけのこと。複数の生活体の間では、思い起こしてみれば知覚は衝突と調整の連続であった。知覚は身体的で安定してほんもののようだ、と思えることのメカニズムを丁寧に精査してみたい。それには一定の文化的なデザインの仕組みが関わっているだろう。エスノメソドロジー、アフォーダンスの理論の領域を代表する話題提供者から、知覚の生成のプロセスを報告頂き、議論したい。
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(敬称略)
企画:
有元典文(横浜国立大学)・岡部大介(東京都市大学)

話題提供:
話題提供1 西阪仰(明治学院大学)
話題提供2 三嶋博之(早稲田大学)

指定討論:
青山征彦(駿河台大学)
土倉英志(首都大学東京大学院)
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