twitterでつぶやかれていたのでリンクたどった。かわゆすぎる。
miniature city 2 - featuring vividblaze - from mockmoon on Vimeo.
miniature trains 2 from mockmoon on Vimeo.
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ゼミの学生さんらとICCに行く前に、新宿しょんべん横丁(=思い出横丁)のうな丸でうなぎ(特)を食した。ランチで1050円。
新宿しょんべん横丁、横浜西口の狸小路、品川港南口の飲み屋横丁、...おそらくは出生地の鶴岡市にいては決して目にすることのできない異空間だと思う。昼間から飲んだくれている方々がいて、お店の中ではへそから下の話のみ。
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学生の頃に諸先輩方に連れていっていただくたびに、猥雑な隘路に「東京」を感じた。つるかめ食堂のソイ丼を500円でもしゃもしゃと食し、朝起でブタの精巣のヅケをいただく。そんな行動ひとつひとつが非日常的で興奮する。
無限に高級なショップには自分の身分や身なりじゃドレスコードにあわずドキドキして入店できない。一方でしょんべん横丁はどんな人でもどんな格好でも受け入れる構えであるがゆえに、ドキドキしてしまう。
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戦後闇市の景観を保っているとされるしょんべん横丁も、先日歩いてみると、そこだけサラリーマンでごったがえしているちょっと奇麗なうどん屋があったり、カタコトの日本語の呼び込みを受けたりと、今日的な形で再編され続けているように見えた。
一度火災に見舞われてしまっているにもかかわらず、「闇市的な景観」が残存しているというところにも、しょんべん横丁的な再編の有り様が見える。「古い空間」とは、ただまんべんだらりとそこにあり続けてきた結果ではなく、常に人の手が加わり、再編され続けている動的なものなのかもしれない。
先日、ゼミの学生さん2名とともに「100人の築地」展に行ってきた。
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場所は東西線東陽町駅徒歩3分の竹中工務店1FのギャラリーA4(エークワッド)。
一見地味な展示に見えるかもしれないが、想像をはるかに超えて面白かった。
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ここには、まさに100人が見た築地の姿が展示されている。100人が「写るんです」を手にし、半日がかりで思い思いの築地の姿を撮影し、それにタイトルとアノテーションをつける。

使い捨てカメラなので、当然確認できないし「失敗」も消去できない。中にはぼやけて被写体が不鮮明なものもあったが、その潔さにたまらなく興奮した。
後で編集可能なきれいな築地のすがたではなく、ナマっぽい、つかの間の築地を楽しめる。これは「キャンプ」にも似た経験なのかもしれない。
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ギャラリーの奥に鎮座していたのは、100人のフォトグラファー(9割8分が素人)の写真を用いたモザイク写真。

1枚のモザイク写真につき、3200枚の写真を用いている。
近寄るとこんな感じのモザイク感。

モザイク写真をどうしても作成したくなった。今は若干鬼のマーチ状態なので、6月半ばまでにとりかかってゼミ室の前に飾ろう。
ふらっと見たyoutubeの動画から目が離せなくなることはままあるけれども、このリス親子はスゴイ!
nakahara-lab.netで紹介されていたのを見てはじめて知った、リスの親子の物語。
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ロサンゼルスにある大学(UCLA)のキャンパス。はじめて行ったLAで驚いたのは、そこらじゅうに当たり前にリスが棲息していること。日本の大学の野良猫並み、またはそれ以上に遭遇する。
この動画にでてくるリス子は、無限に激しい壁にぶちあたっていた。
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These two squirrels have apparently been at this spot on the campus all day.
They had one goal in mind: get the baby squirrel over the wall.
But baby squirrel had a problem.
The wall was too big...
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リス子は一体どうなることやら...
リス子はもしかしたら回り道をして壁を避けたらリス母のもとにいけることを知っているかもしれない。もしくはリス母もそれを知っているかもしれない。でもリス母は、しっぽをふったりだらりとロープのように下げたりしてリス子のジャンプをサポートしようとする。
そんなふうに「課題化」されたやりとりにも見える。
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内田樹さんは著書の中で「教育をしたいという情熱と、教育を受けたいとい欲望は、無人島であっても、おそらくは変わらない。」と著しているけれども、リス子リス母のやりとりにも、教育をしたい/受けたいという欲望が見て取れてしまう。
ほ乳類の何気ない学びのひとこまなんだけれども、あったかい。学びの瞬間とは、実は無限にあったかい。

午前中から、NTT DoCoMoモバイル社会研究所主催「モバイル社会シンポジウム」の会場下見で秋葉原ダイビルに行ってきた。
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現在、シンポジウムのパネルディスカッション1のキーワード抽出作業を続けているところ。飯野賢治さんや磯光雄さん、有元典文さんら登壇者にお時間いただいてお会いし、いただいた個別の「関心」とシンポジウムへの「期待」とをまとめている。
...が、難しい。相当難しい。あほほど難しい。
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登壇者の方々とのメールのやりとり、またお会いして刺激を受けまくっている心地よさに溺れてる(私から登壇者に特段刺激を与えられていないのに申し訳ない...)。
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白紙にして、まっさらにして臨みたい。「小粋な無の状態」でパネルディスカッションに臨みたい。...登壇者と話してそういう思いが強くなるものの、でも一方で、モデレーター役を私なりにバッチリ完遂しようと試みたところを見透かされていじられたい、いたぶられたい。
何を言っているのか分からないけれども、シンポジウムの申し込みは以下からお願いします。

夜。伊勢佐木長者町のエルミタージュで10年以上も続く定期宴会。
参加者は全て私の恩師と大学院の先輩。ゼミの指導教官に、インフォーマルな街場の論文指導者であり共同研究をして下さっている方々...
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こんな定期宴会が10年で19回も継続してる。こんなこともあるから、「出会い」は恐ろしいし面白い。
私は永遠にこの定期宴会では最年少。ただし、この最年少でいられるコミュニティは、私にとっては心地よい。この心地よさは譲りたくない。
定期宴会発足当初大学院生だった私も、当時は想像もできなかったポジションに今いる。気付いたら単純に年齢だけみたら自分が一番上だったりする状況もあって、いつでも最年少の心地よさを享受できるわけではなくなっている。
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でも、どうやら未だに長老としての学びよりも、丁稚としての学びに心地よさを感じてしまうようだ。様々な形のライフモデルを目にして、話して、考えて、持ち帰ることができる。
人間批判されなくなったら終わり(この宴会で怒られなたりするわけではないけれど)だし、常に自分より上の誰かがいてくれるのは生きていく上でこの上なくありがたすぎてたまらない。

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しかも、東京都市大学に就職したお祝いに、小粋な卓上サーモメーターと、モテ度アップのペンケース(革)までいただきました!

依田先生、塗師先生、福田先生、有元先生、みきさん、ゆきさん、多謝です!

白百合女子大学を中心に組織されている「文化心理学コロキウム」、次回は6月20日(土)に開催されるとの連絡を受けました。
次回講師は東京都市大学環境情報学部の上野直樹先生。
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● 日 時 :2009年6月20日(土)
文化心理学コロキウム:午後1時〜3時
乳幼児発達研究会 :午後3時半〜
●場所:白百合女子大学 3号館3201教室(変更の場合、当日3号館入り口でご案内いたします)
●発表
文化心理学コロキウム
・発表者 :上野直樹 先生(東京都市大学)
タイトル:「ドキュメントのデザイン」
概 要 :状況論的なアプローチに従って、認知心理学の伝統においてほとんど考慮されることがなかったリスト、記録、文書といったものが埋め込まれている社会的ネットワークや実践がどのようなものかを具体的な事例にもとづいて見ていくことで、リスト、記録、文書といったものの意味を問い直し、こうした人工物のデザインのあり方についての指針を示す。
乳幼児発達研究会
・発表者:矢澤圭介 先生(立正大学社会福祉学部)
題 目:学習を社会的出来事として捉え直す-- 子どもの学習と大人−子ども間相互交渉 --
要 旨: 「大人が教えることは、子どもの学習に不可欠か?」と問うと、保育者養成校2年生の約8割以上が「不可欠」と答えます。教えるべき知識を持つ大人と、空っぽの頭をその知識で充たすことが求められる子ども、という学習観は広く浸透していることが分かります。どういう学習観を持つかが、子どもとどう関わるかを方向づけます。ここでは、既存の学習理論がどんな大人−子ども間の相互交渉を想定しているかを整理し、また、筆者の保育園でのエスノグラフィーの一部を報告して、学習を社会的出来事として捉え直す必要について問題提起します。
*研究会終了後には、懇親会を予定しております。
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乳幼児発達研究会事務局 田島信元 小島真紀子
lifespan[at mark]shirayuri.ac.jp
自転車の荷台に360度カメラかー!
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googleが大学のキャンパスに来てくれる。360度ぐるり撮影しに。
これ、どう考えても私が勝手に申し込んで呼ぶわけにはいかないわけだが...いかないわけなのだが、...そうなんだろうけど、...
呼 び た い 。
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360度カメラで、撮られたい。浴びるように。
ゼミ室のデザインほぼ完成。あとはモニタテレビと新しいプリンタが到着すればだいぶ人間らしい生活になると思う。

14人が相談して作業して、顔で笑って心で泣いて、夕方からの強制プレゼンテーションの準備をする。外に音源を録音しにいったりフィールドワークに行ったりと出入りはあるものの、8畳あれば何とかなるのね。
若い人の多くは長時間座しても腰が痛くならないヨーダ氏。
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今日の発表の1つは腐女子ネタ。
私がインタビューしてきた20代後半を中心とした腐女子の方々は、「腐女子であること」を彼氏や友達に対して隠蔽すること、このことを楽しんでいたように見えた。
恋愛に関しては、彼氏には「腐女子であること」を晒さないで置くこと、これがルールであり、またそうやって隠蔽していることが腐女子どうしの間の会話を盛り上げる、1つの「お約束」になっていたように見えた。「腐女子であること」は露呈しては「いけない」ものであり、それは特に恋愛場面で立ち現れる。
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しかしゼミの腐女子の発表を聞くと、昨今はゆるやかに事情が変化しているように見えた。
曰く、
高校生の頃は「隠蔽」実践をしていることもあったかもしれない。けれども大学生になってからは、mixiであろうとftfであろうと「オタクであること」を晒しておいて、そのことを前提にして欲しいと。
「腐女子であること」の隠蔽実践は面倒くさく、仮に相手のオトコに、後から「腐女子であること」がばれて「ひかれる」ようなことがあったとしたら、本当に面倒くさいだろうと。
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腐女子は、腐女子としてのアイデンティティマネジメントをする際に、「隠蔽」とともに、状況、場面、関係によっては「呈示」をすることもやぶさかではない。それが腐女子どうしのコミュニケーション以外でも、だ。
「腐女子」が「女子」の特性の1つになりつつあるのではないか...そうなるともう「腐」ってないようにも思えてくる。
http://www.moba-ken.jp/event/sympo0906/sympo0906_program
6月6日に秋葉原でモバイル社会シンポジウム「ユースカルチャーの生態系」でパネルを行います!
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「生態系」という言葉は、パネリストのお一人である濱野智史さんの著書、『アーキテクチャの生態系』から拝借しました。
パネル1では、アニメやゲームなどのカルチャーに焦点をあててディスカッションします。『電脳コイル』の磯光雄さん、任天堂wii『きみとぼくの立体。』の飯野賢治さんをお招きし、横浜国立大学の有元典文さん、カリフォルニア大学アーバイン校の伊藤瑞子さんとともに語ります!
私はモデレータですが、激しく興奮してます。
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パネル2では、近未来のケータイ社会を情報環境、ガジェット、生活者、場所から眺めてみようと思っています。
ガジェット文化から安藤幸央さん、社会情報学から濱野智史さん、女性や子供の視点から山本貴代さんをお招きし、小川克彦さんコーディネイターで、現代のケータイ生活やケータイ社会を眺め、近未来の課題やサービスについて議論します。
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激しくたのしいシンポジウムになると思いますし、します!
ご関心ある方は、是非事前登録をお願いいたします。
5月9日(土)は水曜日授業だったので、ゼミを実施した。

土曜日夕方まではおとなしく机を組み合わせてゼミの課題に取り組んでもらったけれども、ゼミ後、テーブルを搬入し、ついに「テーブルに椅子」を脱した。

水曜日にはラグも搬入して、酒盛りしたら楽しそうな下宿のできあがり。
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地べた戦略は空間利用の自由度をあげた。思いのほか柔軟にグループごとに空間占拠ができるし、廊下を行き交う人々の視線さえ気にしなければ、ナウい空間配置なのかもしれない。
14人がゼミ室でミーティングしたり資料を作ったりするには、下宿環境にするのが一番だった。そうえいば学生の頃、6畳や8畳のアパートの部屋でも15人くらいの鍋パーティをやってたかも。
ダニ被害を押さえる作戦を練りつつ、この空間配置で行こうと思う。
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決まりつつあるテーマがいくつか。
・ココロ*アート
・かなP相鉄
・かなP京急
・研究室スナップ
・ポータブルゲーミング
内容については、何らかの成果がでてから。
長野屋→J.S.BURGERS CAFEの打ち合わせを経て、出版社の方とお会いするためにサザンタワーに向かった。その途中、タカシマヤタイムズスクエアのペデストリアンデッキ部分で、"THIS DAY OF CHANGE"という展示を見つけた。

これは、オバマ大統領就任の2009年1月20日の1日を、世界100人のフォトグラファーで写真に撮るというプロジェクト。オバマ就任日に、世界各国のフォトグラファーが"HOPE"をキーワードにして写真を撮りまくる。
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中学校の教科書で目にした谷川俊太郎の「朝のリレー」を思い出す。「朝のリレー」は80年代に数年間掲載されただけだったようだけれども、地学とは異なる感覚で世界を再認した思い出がある。"THIS DAY OF CHANGE"は「朝のリレー」とは違うけれども。

同じ時に、エイヤッと同じ志向を持って空間を異にする人たちが動く仕掛け。同じ時に、異なる場にひとつひとつの生活や現実があることを否応無く感じてしまう仕掛け。そんな取り組みのデザインは、ココロに響いちゃう。

今日は6月に開催予定のトークセッションのための打ち合わせで横浜国立大学の有元典文先生と新宿で打ち合わせ。
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13時頃に到着したので、まずは昼飯。老舗からしょんべん横丁までそろい、そしてまた世界中の料理が食える新宿で有元先生が選択したお店は、...「長野屋」。

「長野屋」は、JR新宿駅、または小田急線新宿駅からLUMINEの階段を新宿御苑方面に降りたすぐのところにある。何度も何度も通っている道なので、おそらく網膜には写っていたと思う。でも全く持って「認識」していなかった。
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1階の奥、テレビの下に座した。1階で20席位だろうか。アフタヌーンやマガジンもきちんとテーブルの下に置いてある。カジュアルな雰囲気で、ドレスコードもなさそう。レジ下に掲示してある世界地図は、もちろんチェコスロバキアで安定している。
窓ガラスがマジックミラー形式で、外から中の様子が伺えないため密やかな会合にも使えるかもしれない。
だけれども、結婚式の披露宴にはちょっと向かないかも。
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ちょっとwebで調べてみたら、大正4年(1915年)!の創業らしい。戦後の闇市もバブルも全部見て、そして乗り越えてきたのかと。数えくれないほどの人たちが、ここ長野屋で飯食って、6月のトークセッションの打ち合わせをしてきたのだろう。
しかもあと6年で100周年なのか!はじめて入ったのに申し訳ないが、次は6年後にもう一度お祝いに入店したいと強く思う。
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6月6日にシンポジウムをやります!その告知はもうすぐwebで。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0905/08/news021.html
へー、そうんなだ! たかしに さしょいは ふうつの ぶんうしょに みえた...
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分節で区切られているのも容易な読解を助けているだろうし、読み手が元のことばを知っていることも勿論重要なわけだけれども...ただ私は最初に文章を違和感なく読んでしまい、読んでいる途中で何のことかやっと分かったので、素朴にびっくりしてしまった。
ここのpodwalkerたちは喋りがうまい。アキバ編の対話なんて、現地で視覚情報とあわせなくっても喋りだけでイケてる。
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今年度のゼミでは、街を音で表現することに取り組んでもらう人がでてくると思う。出てこなかったらイジケてみよう。
yuisekiやyuisekiネットワークの方々の視点を通してみる、いくつかのレイヤーから形成されるアキバを表現してもいい。
力技だけで、「で、ナニ?」ってなる可能性もでかいけど、相鉄か江の電全駅でpodwalkを作ってみるのもやってみたい。江の電なら鎌倉-藤沢間10kmで駅数15なので、駅と駅を徒歩でつなぐpodwalk沿線物語も可能なような気がする。
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聴覚を誰かの声でふさいで、でも手足と視覚がフリーになるpodwalkは実際に経験してみると結構面白い。有名人の声じゃなくって、どっかの誰かでもイケる。だんだん話者の歩調にあってきて、視点までも時を超えて調和してきてしまう。
誰かの視点で強制的に街を見てしまう、そんなジョン・マルコビッチ体験+αを、podwalkを下地に考えてみよう。
作者の言う通り長崎と鹿児島が壮観で、神奈川の抜群の安定性が面白い。
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こういったScriptをかけるようになっておくと、表現する時のイメージが格段に広がると思う。街や路地のフィールドワークに基づいた「小粋なおふざけ」を、Flashで遊びながらwebに具体化してみたいという気持ちが強くなってきた。
大学3年生くらいの時に、学内極細ネット環境を(たぶん)工学部と取り合いながら画像ダウンロードをしていた頃が懐かしい。時間のかかる大きめの画像だと、リンクをクリックしてから飯を食いに行っていたっけね。
飯から戻ってきたら他の人がそのマシンを使っててアワアワしたね。
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画像検索+DLする合間に、学業っぽいことをしていた当時は思いもよらなかったが、今は「疲れたなー」と思った夜に、繰り返し動画を観てなごんだり気分を昂揚させたりするようになった。
みんな大好きWhere the hell is Matt?は私のハイパー休憩動画。脱サラMattが稼いだ金で世界中に出かけて奇妙なダンスをし続ける。それだけ。でもみんなカメラの前で笑ってる。
私にとっては「いろんなところでおんなじことをやる」のがガチムチでツボ。