June 2009 Archives

古希のお祝い

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土曜日の研究会の後は佐伯先生の古希のお祝い!



青山のBLENZのビル脇のB1、青山らしからぬ(どちらかというと巣鴨っぽい)宮崎地鶏のお店にて23名でパーティ。


「70」のロウソクがたてられた青山産のうんまいケーキとともに、ご無沙汰している方々との対話も堪能できました。


企画、ありがとうございました!

納得研

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土曜日は納得研@青学に参加。報告はてんこもりで3件!


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報告1「情報デザインの要素を取り入れた教材開発と実践」
海洋科学高校 若林庸夫先生


グループで協力し、彼我の視点を交換し合いながら、茹でていないスパゲティを水平方向に伸ばす方法を考える、「スパゲティカンチレバー」という教材を実践した。コンピュータを一切使用しないが、「情報デザイン」という情報教育の一分野である。簡単そうに見える課題が、予想に反してうまくできないというギャップに直面し、生徒は「やり方」を考え、協力しながら改善してゆく。この過程では、「考え」をことばに表し、他人と共有することが必要である。


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報告2「Web 技術の学習環境のデザインの分析」
東京都市環境情報学部 上野直樹先生・ソーヤーりえこ先生


この発表では、まず、webシステム系の学生の報告やwebサイトの調査をもとにして、web系技術者のコミュニティに焦点を当て、社会的アーキテクチャとしてのWeb2.0の使用環境や使われた方を紹介します。そして、東京都市大で行っている現代GPによるWeb2.0システム開発プロジェクトについてのフィールドワークに基づいて、システムを開発した学生たちのWeb2.0技術の学習環境のデザインがどのようなものであったかを分析します。
更に、こうした調査の結果をもとに、状況的学習論の観点から、現代的なweb技術の学習環境のデザインを行うための観点を考えて見たいと思います。
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報告3 「最近読んだ「目からウロコ」論文」
佐伯胖先生


佐伯先生のコラムhttp://www.gshi.aoyama.ac.jp/より
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その中で、議事録メモに間に合った報告2と報告3について簡単にご紹介。あくまでメモ。


報告2:web技術の学習環境のデザイン


多分に示唆に富んだ研究。その中でも、webシステムをデザインしようとした(東京都市大学の)学生が、どのように(ギーク的な)「実践のコミュニティ」に参加して、「web2.0的なプロジェクト」に参加できるようになったのか?に関する発表のメモ。



学生のKさんは、ゼミに入ってきた際、JavascriptやPHPなどのプログラミングができたそうである。その「技術」や「知識」を持って1つシステムを作ることがゼミの課題となったが、半年たってもできずにいた。


実はこの時Kさんは、「自分一人の力」でやろうとしていたとのことである。それは古典的な学習方略のようであり、他のギークがよくやるような、「作りたいものに関連した情報を、web20のコミュニティからもってくる」、「関連したソースコードをネット上で検索して、そのソースコードを自分なりにカスタマイズする」という方略とは異なっていた。


Kさんはこういったギークが普通にやるような方略を知らなかった。しかしその後、サーバ構築の仕事が割り振られ、研究室の先輩二人と密に絡むようになる。Kさんは、先輩らとインタラクションを通して、ギークコミュニティがあたりまえにやるコーディングスタイル、特定のソースコードにアクセス可能になった。


その後も頻繁に研究会が開催され、Kさんはそれにもアクセスし、また、自分も講師として研究会に参加するようになっていく...



この事例は、以下のようなことを示していると言えるだろう。


1. 参加とアクセス
プロジェクトという実践への参加が、web2.0技術のリソースへのアクセスを可能にする。コミュニティ内で特定のポジションを獲得することにより、それによって様々なリソースにアクセスすることが容易になった。


2. テーマ設定とweb技術
webの技術的リソースは膨大で、リソースがどこかにおかれているというだけでは使う事はできない。実際にあるテーマに即して本格的にシステムを使った場合に、はじめて分かることも多い。


3. プロジェクトに埋め込まれた知識
開催された研究会は、一見、一般的なプログラミングの授業や講習と変わりない。でも、内容はあくまで進行中のプロジェクトに即している。例えば、研究会で学習された知識は、ただちに実践的に用いられることになる。よって、何のために特定の技術を学習するのかということの意味が、参加者に明示的になっている。



続いて佐伯先生のブログ「目から鱗」のメモ。


内容は佐伯先生のブログ記事が勿論分かりやすい。



私が興味深かったのは「模倣」について。ヴィゴツキーの(ZPDのいう)模倣は、表面的なミミッキングとは異なる。それは理解がともなった模倣である。


自分だけでは生じない。「あのようにするのがいいことなんだな」といったような理由付けだとか、根拠というものを感じ取りながら、模倣は生じる。


しかも、「誰かがやったこと」をその通り模倣するのではない。ある行為を模倣するには、どのように他者とインタラクションをとっていくのか、その他者とのコラボレーションをとれるようになる、そのコツを会得しなければならない。他者と関係を構築して交渉すること、これができるようになるコツである。


佐伯先生が留学中に経験したこととして、米国の大学での議論をあげていた。そこの場で何にも発言しないままでいると、完全に「ほされる」。彼らは考える先に口が動く。どうやって議論に入るか、割って入ってから言いたい事を考えるようなもの。


例えばそうやって、「インタラクションの仕方」を学び、それを模倣する。そっくりそのままサル真するのではなくって、「ああやって関係づくりをするのか」ということが模倣や(ZPDがねらったこと)で重要なことある。


#ここで見せていただいた「サル真似しないサル」と「猿真似する人間」のビデオが非常に面白かった。



大人が指示したことをそのままやった方が生きやすいという「客観的ZPD」というものがみえてしまう。「こういう時は、こういう場面なんだ」ということを理解して、その場の「お約束」を読み取ってとりあえずそれをやる。


その場の約束事の意味は分からないけれど、(意味が文化的に不透明でも、)その通りやっておけば間違いない、いちいち反抗することもないと仕向けられていく工程の中に人間はいる。模倣を通して人間は文化を真似していくのだろう。

趣味を仕事にするか、9時17時で趣味にはしるか

土曜日、腐女子的な文化実践にのめりこむゼミ生と、ゲームやアニメにどんばまりの女子オタのゼミ生とともに、横浜国大の後輩Bさんとお会いした。Bさんはコンテンツプロバイダー勤務で新規サイトのオープンを2件控えたイケてる社会人。


Bさんはここ1-2年、ケータイ向けの乙女ゲーコンテンツに携わっており、彼女自身もはえぬき(?)の腐女子。



腐女子的/オタク的な趣味に傾倒するゼミ生(3年生)らは、その実践やネットワークを十分に活かしたプロジェクトに従事し、卒論を書くことになると思う。


趣味と大学でのプロジェクトとの連続性を保持した上で、そのまま就職までも一貫性を持たせるべきかどうか、またそのための方略は...このようなことを3年生の今の時期に聞いておきたいと思い、Bさんに新宿までご足労いただいた。


ラフなOG訪問のようなかたちである。



Bさんが新卒2-3年目で早々に乙女ゲーコンテンツに従事できるようになった理由の1つは、「腐女子的思考」が社内でキャピタルになったから。「文化資本」とも言えるかもしれない。


「まっとうなケータイコンテンツ」のみで商売していたケータイコンテンツ黎明期は、競合がないので出せば売れる状態だったとのこと。でもそれが頭打ちになってきた時に、社内コンペで出した企画が乙女ゲーだったとのこと。


「ガンダムが好きだからガンプラをつくる仕事」という意思にプラスして、その会社にない資本をいかに魅力的に伝えられるかが重要なのだろう。


先日のシンポジウム@アキバで「御社のサーフィンゲームにはまって、それを作りたいから御社を希望した。」では面白みがなく、「サーフィンが大好きだからサーフィンゲームを作りたい。」という学生の話を聞きたいということが話題にでたのを思い出した。



仕事のスタイルはじめ長時間お時間割いていただいた中で印象的なことがらの1つは、「趣味を活かした仕事を狙うか否か」という、没頭できる趣味を持つ腐女子/オタクならではの悩み。腐女子/オタク的な実践のインサイダーになる悦楽(とその後の苦しみ)をとるか、趣味は趣味、仕事は仕事と割り切って、(仕事に激しい興味は湧かなくとも)9時-17時で金銭を得てそれとともにアニメイトに走るか。


以上、腐女子/オタク的志向を持った女子の、就職活動初期に生じた悩み事。

知覚の文化的デザイン

認知科学会にて、9月12日16:30-18:00の日程で、「知覚の文化的デザイン」というワークショップを開催します。



企画内容の概要は、下記の通りです。

「知覚」という概念の前提には知覚対象の実在がある。つまり知覚ということばを使ったときから、知覚される外界や自己の状態が、知覚そのものの働きとは独立に実在することとなる。このように「知覚」が安定して本物のようだ、と思えるメカニズムを、【エスノメソドロジー】、【アフォーダンスの理論】の各領域を代表する話題提供者から報告頂き、わたしたちの「安定した知覚」の文化的なデザインについて議論したい。



明治学院大学の西阪仰先生と、早稲田大学の三嶋博之先生に話題提供をお引き受けいただいた。両先生の発表概要は以下の通り。


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胎児を見る―道具を介した視覚の達成
西阪仰(明治学院大学社会学部)

概要:
この報告では,産科医療における医療専門家と妊婦との相互行為を扱う.とくに,日本の妊婦健診では超音波診断装置が,非常に多く用いられる.超音波診断装置は,妊婦の体内を可視化する装置であるが,超音波モニター画面の上に胎児の身体部位が見えるという事実が,どのようなプラクティス(やり方)を通して達成されているのかを,明らかにしていきたい.同時に,超音波モニター上に胎児の身体部位を見るということは,そこで行なわれている特定の行為,すなわち,胎児および子宮の発達の正常さを妊婦に実際に示すという行為に埋め込まれている.だから,胎児を見ることは,この「実際に示す」という行為の組織の一部として達成される.
報告者は,実際に,数十の妊婦健診をビデオに収録してきた.その収録された医療専門家と妊婦の相互行為のいくつかを書き起こし,おもに会話分析の視点より詳細に分析した.本報告では,その分析を実際に相互行為断片に即して具体的に示しながら,(1) 指差しと名指しによる,モニター上の陰影の構造化のプラクティスを記述するとともに,(2) その構造化が「識別連鎖」と呼ぶべき行為連鎖の開始部を構成することを示し,(3) さらに,この識別連鎖が拡張されて,「正常さを実際に示すこと」という行為が組織される手続きを記述する.これにより,視覚が行為の組織のなかに本質的に埋め込まれたものであることを,明らかにしたい.
以上から,(1) 行為の形成が,本質的に複合感覚的な達成であること,とりわけ発話および視覚とならび,触覚が行為の形成に重要な役割を果たすこと,このことが明らかになる.また,(2) 超音波診断装置の使用は,胎児の知覚のための重心を妊婦の身体的経験から専門家の視覚的解釈へと移動させた.一方,相互行為参加者たち(医療専門家と妊婦)自身が,超音波検査における視覚情報の限界に志向していることも,示してみたい.
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アフォーダンス知覚とその公共性
三嶋博之(早稲田大学人間科学学術院)

概要:James J. Gibson(1904-1979)の生態心理学では、人間や動物の個体による「アフォーダンス」の直接的な知覚が主張されると同時に、その公共性ないしは社会性----すなわち、個体間での知覚の共有----も主張される。「アフォーダンス」とは人間や動物によって知覚される意味ないしは価値であるとされるが、これらが「個体によって」独自に知覚され、かつ「個体を超えて」同様に知覚されるというアイディアはいかにして成立しうるのか。
 本報告では、まず、「感覚から知覚へ」という「2階建て」構造を前提とする伝統理論と、Gibson生態心理学における、「感覚と知覚の平行した存立」を認める「2戸建て」構造とでも呼べる理論について比較しつつ、相互の相違を明らかにし整理する。この際、いわゆる「不変項」(invariants)概念の特徴と重要性について確認し、強調する。続いて、伝統理論の中では統合されるべきサブ・カテゴリーとされてきた、「同一個体内における他者」としての異質な感覚モダリティー間(視覚と聴覚、視覚と触覚等)での区別と重なりの問題について、当該領域における近年の研究動向を紹介し、意義づける。
 Gibson生態心理学において、いわゆる五感としての各「感覚モダリティー」は、解剖学的な構造の差異という観点ではなく、区別された「注意のモード」という観点から機能的に分類される。一方、「他者」は観察点が自身とは異なっているという点で、やはりある種の(第5番目に続く)「注意のモード」として、一般的な「感覚モダリティー」と並列に考えられるかもしれない。もしそうであるならば、前者と後者の違い----同一個体内での出来事か、個体をまたがった出来事か----にのみ焦点をあてるのではなく、それらの共通性を探ることが知覚のデザインについて、文化に開かれたものとして考えるために有用かもしれない。以上について、参加者とともに考えていきたい。
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「辻占」としてのtwitter

先月、出版社の方と打ち合わせをさせていただいた際、twitterに言及した。


編集者の方はtwitterを使用されたことがないとのことだったので、twitterとはこんな感じのもので、私の場合どのように使っているのかをお話した。


その説明を耳にすると、編集者の方は「辻占みたいですね」とおっしゃった。無教養ゆえに「辻占」という言葉の意味を知らなかった私が、今度は反対に説明していただく。



wikipediaより
辻占とは、辻(交叉点)に立って、通りすがりの人々が話す言葉の内容を元に行う占いのこと。...偶然そこを通った人々の言葉を、神の託宣と考えるのである。



私はiphoneとPCでtwitterを利用しているけれども、フォローしている方々全ての「さえずり」を目にしてはいないと思う。


http://twitter.com/dai_okabe


放っておけば「さえずり」はどんどんと流れていってしまい、またレスも強制されていない(と思う)。なんとなくtwitterにアクセスした時に読みたい程度まで遡る。


でもそんな偶発的な情報の流れの中で、たまたま紹介されていたサイトのアカウントを取得したり、誰かが読み終えたとさえずった本をamazonで購入してしまったりしている。


そんなことが毎回あるわけでは勿論ないけれど、誰かが観ているとさえずったテレビ番組を観てしまったり、自宅に帰るというさえずりを見て車の鍵を手にすることもある。



たまたま、何の気なしに時間を共有してしまった人の発話によって、地味だけれども自分の行動が規定されてしまっている。ftf(face to face)で空間を共有している人の言動で行動が左右されることは多いけれども、「web空間の知り合いだらけの往来」に影響を受けることがあるわけだ。


辻占のように占いとまではいかないまでも、偶然のオンライン上のさえずりを元に次の行動が決まることのある私の様子は、辻占twitterとも見えた。



どのくらい私にとって「ひっかかるさえずり」があるのかカウントしたことはないけれども、休憩がてらにtwitterを覗いて、そこでさえずり内の用語をググったりした場合は、充実した休憩時間となったような気になる。

1000円おやつ

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水曜日午後はゼミの時間。ゼミ生に(交代で)1000円分の「おやつ」を買ってきてもらうようにしている。その意図はすごく単純なもので、1)ゼミでの打ち合わせ開始時にちょっとした「会話のネタ」が生まれるから、それと、2)購入してきてくれたゼミ生の「個性」を垣間見る事ができるから。



1000円で15人分のおやつを賄うのは結構大変なこと。ゼミは13:15-18:00位の時間をとってのんびりやっているので、その間を「埋める」おやつを考えると、どうしても量をこなさなければということになる。必然的に、安価で大量に仕入れられるお店でお菓子を購入してきてくれる場合が多かった。


中には、ゲーセンのクレーンゲーム(例えば、100円がうまい棒20本に化ける可能性がある)に1000円投資する事で、大量入手を目指すという個性的な使用法に走ったゼミ生もいた。...結果は芳しくなかったけれども。



そして、今日のおやつ担当がやってくれた。


1000円で用意したのは、たこ焼き粉、揚げ玉、ぬれせんべい、餅、紅ショウガ、卵。調味料は持ち寄りで、心優しい友人が大量の生ゲソとオクラとシーチキンを提供。


そういった経緯で、ゼミ終了後にたこ入りは永遠に食えないたこ焼きパーティ!たぶん150個位焼き上げたのだろう。1000円+ゲソその他で十分に14人の胃袋を満たすことができていた。


ぬれせんべいと餅、オクラの実力に驚いた。それと、短時間でたこ焼製造のコツを否応なく学習してしまう人間のすごさ。

JIBJAB

JIBJABを試してみた。一瞬で顔繰り抜きの「つぎはぎ動画」が完成。顔写真を準備して、ちょいちょいと加工して顔を繰り抜けばできあがり。



JIBJABはアメリカの政治風刺アニメーション制作会社で、He's Barack Obamaのつぎはぎ動画も面白い。


Try JibJab Sendables® eCards today!

Gekko

横浜国大関係でGekko@二子玉川に集まる。


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Gekkoの「スペアリブ」が秀逸すぎる件は以前から存じ上げていたが、この日は「穴子」(Gekkoのリーズナブルすぎる食材の中では少々お値段が高め)の素晴らしさに悶絶した。


穴子のBBQ、素人が焼いても、外はカリっと、そして中はたまらなくふわっと仕上がる。焼き上がりの熱いうちに、わさびを乗っけてしょうゆを数滴たらす。


鉄板でおいしい。一本食いたい。穴子に巻かれて寝たい。

文化心理学コロキウム

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白百合女子大学で開催された文化心理学コロキウムにまたまた参加させていただいた。40人位の参加者がいたと思う。


話題提供は東京都市大学の上野直樹先生。近年のオタクやギークの生態系のあり方と、web上のソーシャルメディアのアーキテクチャの相互依存的な状況についてのレクチャーであった。以下、話題提供中のメモ。



「社会的アーキテクチャ」という概念の紹介から入る。(濱野さんを引用しながら、)それは人々どうしの関係のあり方、相互行為のあり方、人々の出会い方、相互のアクセスのあり方を方向付ける構造物と定義。


web上のソーシャルメディアではなく、まさに設計的なアーキテクチャで言えば、たとえばマクドナルドでは、椅子の座りごこちを悪くしたり、冷房を強めにすることで「客が長居すること」をしにくくする。人工物の設計によって人間の行動をコントロールする例である。


また宮台さんの例で言えば、駅前(という構造物)の再開発をすると、空間の匿名性が上昇して援助交際が増える。行動を管理される側は気付いていないものの、アーキテクチャが社会的影響を生じさせる例。



話題提供の本題はweb上のソーシャルメディアのアーキテクチャ。代表例であるブログやtwitterやSNSなどのようなシステムは、人々の「ある特定の相互行為」のあり方を(不)可能にするような場を作り出すアーキテクチャであるとする。


そして、今日では分散的、局所的、同時多発的な人々のつながりがそこかしこで生じているわけであるが、こういったつながりの形成を可能にするのも、社会的アーキテクチャとしてのwebがあってこそ。



上野先生は、2ちゃんねらーだとか、オタクやギーク、web2.0技術者といった人々の語りを見ていくことで、現代的なwebの特徴として、「共存性」を指摘する。


例えばある2ちゃんねらーは、「アニメはリアルタイムでテレビでしか見ない/どうしてかというと、2ちゃんのアニメ実況スレに書き込みながらアニメを見るから」と語る。地震板では「共体験」の書き込みの連鎖でスレッドが進行し、ニコ動では「疑似同期」(濱野さん)が生じている。


プレゼンテーションで提示されたオタクやギークの学生へのインタビューからは、集団視聴の経験、もしくは「疑似集団視聴経験」の拡張がうかがえた。



2ちゃんねるだけではなく、オタクやギークにとってのtwitter、ustream、skype...などなどのソーシャルメディアは同様の意味を有する。紹介された事例の中には、twitterでも地震体験がリアルタイムに共有される様、秋葉殺傷事件のときの書き込み、何か作ったらすぐにtwitterに流すweb技術情報の交換などが含まれていた。



これらのソシャルメディアでもまた、リアルタイムで経験を共有してコメントすることで場に参加し、盛り上がる様が見てとれる。この意味では、「2ちゃん=twitter=ニコ動」であるとの1つのまとめ。


従来は、ライブとかスポーツ観戦とか、スポーツバーとか、または家庭で1つのテレビを見るとか、空間、時間、社会組織は一体化していた。しかしそれは、webというメディアによって、(空間と時間を超えて、)共存的な語りが可能になったのである。


webメディアを媒介として同時的、共存的な場を構築し、またtwitterなどで「ライフログ」的に自分自身の生活をダダ漏れさせることで、物理的な空間を超えた「社会的な空間」を構築できるようになっているとのことである。



そしてオンでの活動だけではなく、オフ会も開催される。電波と電気が供給されていれば、ギークはネットでコンタクトしてリナックスカフェ、ギークハウスなどで遊ぶし、一緒にコーディングしたりする。


webのソーシャルメディアを使い倒して、リアルなスペースにも帰着している様が興味深い。しかしここでも、ギークどうしのオフ会や研究会の状況がustreamやtwitterを介して実況される。(そして研究会にでていない関係者もtwitterなどで発言することで「参加」できている)。



こうした事例を通して、上野先生は、現代的なweb技術を支えているのは、オンもオフも絡まったハイブリッドなコミュニティであるともいえると述べる。自虐的に語られる「ネト充」も、実はリアルから離れることはなく、「ネト充」、「リア充」の二元論的な観点よりも動的である。


ネトゲ廃人もまた、社会的なアーキテクチャになっているネットゲームで、チームを組んで戦いに参加する。その中では自分がたよりにされることもしばしばで、オンライン空間の中に極めて「現実世界」にありそうな社会的な実践コミュニティが形成されているのが(脱ネトゲ廃人にインタビューすると)よく分かるとのこと。



webやモバイルを使って私たちが行う実践のデザインは、アーキテクチャのデザインだと考えると面白い点が見えてくると思う。


発表内容の重要な点の1つである、「アーキテクチャとは、人々どうしの関係のあり方、相互行為のあり方、人々の出会いかた、相互のアクセスのあり方を方向付ける」というアイディアは、心理学的にも面白いと思う。


例えば、ケータイやwebのソーシャルメディアを介したコミュニケーションにどっぷり浸かっていることと、そのコミュニケーションから生じる欲望とか(悲しみや喜びのような)感情といった「心理学的なことがら」のデザインは不可分だと考えられる。

焼き鳥@ゼミ室

商店街でpodwalkのテストを行っているグループがあって、その音コンテンツをゼミ生で聴いていた。コンテンツの最後に焼き鳥を食しているシーンがあって、どうしても食いたくなって...


ググった。


都市大そばの焼き鳥大吉センター北店の情報が判明。


電話した。



30分後、焼き鳥が並んだ。


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都市大のゼミ室で食える焼き鳥の中で最上級。んまいっ!


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ゼミ8ぱつめ。

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主人公、春日望美は普通の高校生の少女でしたが、不思議な少年との出会いにより、...源平の合戦が繰り広げられる異世界へと時空移動してしまいます。


そこで源氏の軍に保護された主人公は、...怨霊を作り出し操る平家との戦いに巻き込まれていきます。


...立ち向かう主人公には、「八葉」と呼ばれる男性たちが協力してくれます。物語が進むにつれて、主人公は次々と八葉たちと出会い仲間になっていきます。


...主人公は決意します。過去へと遡り、悲劇の運命を変えて仲間や大切な人を助けようと。ここから、主人公の時空を超えて叶える恋の戦いが本当に始まるのです。


ー 『遥かなる時空の中で3』


僕らがよく経験する日常を題材にした「運命を変える恋愛アドベンチャーゲーム」だが、この手の「歴史要素」が含まれたゲームがだいぶ前からアツい。



「歴女:レキジョ」(=戦国武将好き、歴史好きの女性)という言葉が巷間に流布して久しいが、『遥かなる時空の中で』や、『戦国BASARA』で遊んでいる人々が目につく。ここ1-2年のコスプレ調査(コスプレを愛好する人々に対する調査)でもBASARAをやたら目にすると思っていた。ちょっとググってみると、相当売れている様子。


http://ascii.jp/elem/000/000/411/411322/


http://news.dengeki.com/elem/000/000/153/153522/


例えば今年の4月に発売されたBASARAの、4月第2週週間売上は推定8.8万本で、2位以下に大きく差をつけている。例えばこのタイトルには、伊達政宗、毛利元就、織田信長、明智光秀、上杉謙信、猿飛佐助、...と、実に多様な歴史上の人物が出てくる。そして大半はイケメン。


各種舞台設定や人物設定は、「史実」から見れば荒唐無稽、ただし武器持ち男が好きな方々のココロを絶妙にしとめて離さない。ものすごく正鵠を射るキャラクター設定となっている。



この武器持ち男どものキャラにはまり、聖地巡礼(舞台となっている場所に実際に行ってみる事)したり、関連商品を購入したり、二次創作の対象にしたりしようと衝動に突き動かされる。


例えば戦国BASARAなどは戦闘におけるコントロールが比較的容易であり、格ゲーに精通していない女子でも先に進めやすい。それゆえ格ゲーを愛好する一部の男性ゲーマーからは「くそゲー」と位置づけられてしまう場合もあるようだが、プレイヤーは設定されているキャラクターの消費に邁進することが可能となる。


これは素晴らしい舞台だと思う。



主にレキジョ、または武器持ち男好きの女性の衝動を突き動かすような仕掛けを、この1年で考えていきたいというアイディアが今日のゼミで発表された。場所やどんなキャラクター=歴史上の人物なのかは詳述できないけれども、興味深いネタだと思った。


グループによるプロジェクトなので、このアイディアで進むと決まったわけではない。グループ内で他により良いアイディアが出た場合でも、この歴史を用いた遊びのデザインはいずれやってみても面白いと思う。

UNIQLO CALENDAR

ミニチュアシティ映像満載のUNIQLO CALENDARがかわゆすぎる。

現代GP2008年度活動報告書

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東京都市大学(旧武蔵工業大学)2007年度-2009年度の文部科学省採択現代的教育ニーズ取組支援プログラム、略して「現代GP」の2008年度報告書の送付完了。


テーマは「ICTによるニュータウンの街作り拠点構築」。


全て学生の手によってなされたフィールドワークの成果や、ソーシャルメディアに日常どっぷり浸かりつつ過ごす学生ならではの、新しいシステムがてんこもりの報告書となっています。



報告書に記されたシステムのデザインだけではなく、報告書の執筆内容や、報告書のデザインそれ自体も、全て学生の手によってなされたものです。


ご興味ありましたらご連絡下さい。
okabe[at mark]tcu.ac.jp

訪問者

夕方、打ち合わせ準備をせこせこしていたところ、ノック音。


ドアを開けると高校の制服姿の女子たち。コスプレしたゼミ生かと思ったが、話を聞くとそうではない。どうやら東京都市大学を訪問してくれた方々らしい。



高校のクラス単位で大学訪問し、まずは一通り大学の説明。高校生によれば、説明担当の宮本和明先生のキャラクターがステキとのことだった。


その後は自由に研究室を訪問してよいことになっている。私の研究室は一番はじっこに位置し、エレベーターの隣。とりあえずエレベーターを降りて最初に目についた研究室をノックしてみたとのこと。


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(*了解を得て掲載。)


大学3年生がどんなことをやっているのか、またサークルだとかアルバイトだとかの都市大生活を私と学生さんとであわあわしながら喋る。文系よりの方々だったのでよかった。


コミュニケーションスキルに長けていて、面白いし、落ち着いた印象を与える方々なので、受験してもらえたら無限に嬉しい。チャリの手放し運転でどれだけ進めるか競っていた私の高校時代とは雲泥の差。

ゼミ6ぱつめ、7はつめ。

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女子オタの日常を目にすることが多くて毎日充実してる。


これまで、主にヤオイ愛好家やコスプレイヤーなどのメンバーシップを持つ人たちのコミュニケーションは観察してきたつもり。でも一方で、ヤオイには興味がないけれども、ゲームやDVDを買うために、そして声優イベント行くのにバイト代すべて費やしてます!といった方々の日常的実践に触れる機会はほとんどなかった。


上には上がいるだろうが、女子大学生で月4-5万趣味に消えているとなると畏怖の念を覚える。



アート活動を行っている方々と組んで、フィールドワークの成果を何らかの形で表現するプロジェクトに参加しているが、そこでのフィールドワーク対象は、女子オタにしてみようと思う。女子大生と女子オタの間を往来するさまを、例えばペアムービーを援用して表現してみたい。


ペアムービーは、先日のモバイル社会シンポジウム@アキバで紹介されて知った。


ケータイ1台では分からなくても、ケータイを2つ並べて視聴すると「意味のある物語」として分かるというコンセプト。女子オタとして街を歩くのと、女子大生として街を歩くこと、この変化のあるロールプレイ人格が分かるような映像を作ってみたい。

美人時計

60分×12時間=1,440枚の写真でつくられた時計ガジェット。「美人時計」はナンブラボ@FUNのエントリーではじめて知ったが、iphoneアプリやgoogleのガジェット用に自作してみたら、ちょっと面白いと思う。


単純にいくなら「都市大時計」。考えればいくつかの「都市大hogehoge時計」アイディアがでてくると思う。



ある特定の1分間が、「その写真に写っている人の時間」であるかのように感じさせるのかな。「2:24の女」とか、「9時56分の彼がさー」とか「4時4分の先生がうどん食ってた」とか、特定の時間と人が結びついちゃうのかな。

Tokyo Decade

先月リリースされたので今更なのだけれども、特にフュージョンモードで見る10年前から現在への東京の変遷は気持ちがいい。


http://latlonglab.yahoo.co.jp/decade/


左が1999年の東京、右が2009年の東京。


1999年...私が大学院生の頃。横浜に住んで、東京にも馴染みができ始めてきた頃。東京のあちらこちらの風景に興味を持ち始めた頃。秋葉原駅前の変遷は実際に眺めてきたのだけれども、10年前には全く用事のなかった六本木ヒルズまわりの変化にはちょっと感動。

横浜祭2日目

東京都市大学の横浜祭2日目に参加!


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教員対抗アタック25に出場せよという実行委員の和田亜侑美さんの命を受けてのこと。


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快晴のメインステージ袖で、多くの客を呼び集めたたねまるらがはけるのを待つ......


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対戦相手の中原先生らとともに...



イベントは、クイズに早押しでこたえ、5×5の盤上でオセロ式陣取り合戦をしていくもの。


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中原先生にも、


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岩嶋先生にも小松先生にも負けたくない(負けたけど)。



負けたので、とぼとぼとゼミ生が出しているチュロス屋にいって普通にチュロスを購入。


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模擬店や展示を出してたみなさん、YFAのみなさん、おつかれさまです。


ありがとうございましたー!

複数のオーディエンスが実況中継をtwitter上にダダ漏れさせてくれる、On/Offともにモバイル社会研究所のシンポジウムとしては珍しい雰囲気が醸されていたように思います。朝からの雨で萎える中、広い会場を埋め尽くして下さった方々、無限にありがとうございます!


パネルセッションの実況中継:
http://search.twitter.com/search?q=%23msri



あらためて『電脳コイル』には、モバイル社会の、そしてそれだけじゃなくわたしたちの認識や知覚の捉え方に対して再編を促すタネが織りあわされていることに気付かされた。


言語や記号といった「心理的なツール」を開発して、それ越しに(のみ)見ることのできる現実世界を生きてきた私たちが、いまやモバイルテクノロジー越しに現実を見るようになっている様を『電脳コイル』は如実に表してくれている。


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#私のプレゼンでも用いた写真だけれども、アキバのヨドバシそばのマックでは、PSP越しに主に狩りをして楽しんでいる人々も少なくない。バーチャルを通してコミュニケーションをとっているのが自然であり、電脳メガネの1つのアラワレだと思われる。


磯さんは「仮想現実は数万年前からあったと言えるのではないだろうか」と述べていたが、磯さんの発話を私なりに解釈すると上記のようになる。日常的に、私たちは様々な(自分たちで作り上げてきた)ツールを用いて現実をデザインしようとしている。何かツールをデザインするということは、違う世界の見えを提供することだとも言えるかもしれない。



パネル1後半のテーマは「リミックス」として、MAD/AMVを軽く視聴することからはじめてみた。お題はLeave Britney Alone!



熱狂的ブリトニーファンのクリスが、PVなんかでマスコミにたたかれまくっているブリトニーの姿をみて、「もうほっといて!」というメッセージを自分撮りしてyoutubeにあげる。瞬く間にそれを引用したMAD/AMVが作成され、どんどん広がっていく。




しまいには、ただの熱狂的ブリファンのアマチュアの叫び元ネタとしたコマーシャルが制作されている。




若い人が手にすることが多い最近のケータイ小説やゲームやプリクラやMAD/AMVやらの「遊び方」や「意味」の議論が面白い。プラットフォームは共通のものとして多くの人が共有しているけれども、その上でどうやって「個性」をだしてやろうかと手練手管を見せつける。


『電脳コイル』でいえば、電脳メガネで遊ぶのはどの子供も一緒だけれども、ダイチの黒客クラブやフミエのようにハッカーとして生きようとする様がそう。


プリクラでもケータイでもポケモンのようなゲームでも、みんなおなじプラットフォームに生きながら、そこからどうやって「はずれる」ことで、教室やコミュニティで得るポジションや、他者との関係...といった「社会的なことがら」を手触り感のあるものにしようとしている。



またMAD/AMVは、それを作って楽しんでいる主にアマチュアにとっては、コミュニケーションをとるためのコンテンツである。アマチュアコンテンツを評価・分析対象とする場合、コンテンツだけを見てその出来の善し悪しから語るのは性急かもしれない。


アマチュアが作った(どうしようもない作品も数多く含む)リミックスコンテンツは、そういったMAD/AMVのプラットフォームで楽しめる人々のコミュニケーションの道具でしかない。ソーシャルコンテンツであり、作品の出来不出来どうこうということではないのかもしれない。


MADであれ同人誌であれ、二次創作≒リミックスは、その作品の周辺知識を共有していることが愉しみの前提である。こうしたプラットフォームを共有し、そのコンテンツをちょびっとだけいじって、僕はここが面白いと思ったよ!と話者に返している、そんな形でリミックスの文化的実践を捉えてみた。


これに関連して、磯さんの「引用元を探す人がオタクと呼ばれる人である」という定義が、とてもおしゃれだと思う。磯さんのあの落ち着いた味のある声で言われると、ビンビンきた。



壇上にあがってトークをしていると、全体としてどんな流れでどんな筋で話していることになっているのか、ほとんどキャッチアップできないということにはじめて気付いた。自分も会話に混じって話しているはずなのに、全くもって会話の流れを追うことができていない。


一方でフロアの方々はトーク内容をデコードしてくださっていたようで、何か筋が見えていた方も少なからずいたようだ。これまた不思議な体験。


#詳細なログもとれていないので断片的なまとめにしかなっていない。twitterでログをとってくれていた方々、ブログにまとめて下さっている方々に感謝しつつ記事を読んで、ようやく「こういう筋のセッションだったのか」と理解できた...

横浜祭

6月6日と6月7日の両日、東京都市大学に変わって初めての横浜祭が開催される。



研究室に学祭企画団体(YFA)のボスが入ってくれたので、その苦労や細やかな配慮を目にすることも少なくなかった。いっつも会うたんびにスーツ姿で方々に挨拶まわりしてたし。


学祭が終わったらプロジェクトを正式スタートさせるとともに、労をねぎらってGekko@二子玉川に行かないとね。



学祭では、研究室の紹介ポスターをA1サイズで掲載する。はじめてプロッターを使ってイラレファイルを印刷かけてみた。1時間の突貫作業で作ったモザイク写真のイラレファイル、今はそれを白昼堂々提出する勇気が欲しい。


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せっきーあきほり多謝です!