スパイラルホールにて行われたモバイル社会研究所企画「モバイル社会の現在(いま)を考える」で報告してきた。
自分の発表の前は舞台裏に待機している必要があり、また毎度のことながら極度の緊張のため、午前中の発表は残念ながらきちんと見聞きすることができなかった。
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午後のパネルは子どもとケータイ。今もっともホットな話題の1つだと思われる。パネリストは以下の方々。
・Belinda Exelbyさん (GSM Association Project Marketing Director)
・内藤新一さん (内閣府インターネット青少年有害情報対策・環境整備推進準備室 参事官補佐)
・田中辰雄さん (慶応大学経済学部准教授)
・藤代裕之さん (NTTレゾナントgooニュースデスク、「ガ島通信」ブロガー)
・向田愛子さん (モバイル社会研究所研究員)
このパネルにおいて、司会の遊橋さんが投げかけた質問がこれ。
「何歳になったら子どもにケータイを持たせてもいいと思いますか?」
勿論、実際には様々な条件とセットで個別に考えなければならないだろう。「1時間半かけて私立の中学に通う事になった」とか、「フィルタリングかっけられるなら」といった理由とケータイ所有はセットであろうから、一概にこたえられる問いではない。
しかし、子どもとケータイの問題を考えていく上では面白い問いであると思う。その回答のされ方によって、その人や社会の風潮が見て取れるだろう。
内閣府の内藤新一さんの回答は代表的な意見だったと思う。回答は15歳。記憶をたよりに記載するので正確ではないが、その理由の概要は、...
「多くの家庭は義務教育では自宅から近い公立の中学校に通わせることが多い。そうなると通学に多大な時間がかかるわけではない。ただし一方で、友達関係の維持とケータイはもはや切っても切れない関係。よって高校進学時(=15歳)はそれまでの友達ネットワークの維持のためにケータイが必要となるのもうなずける。この頃の子どもの発達段階も鑑みて、家庭でよく協議した上で所持することになるということが生じても妥当であろう。」
といったもの。
田中先生は小学校5、6年生くらいと提示し、「フィルタリングだなんだかけたって、中学生くらいになると、それをかいくぐって面白いコトしようとするんだから。むしろ、そういったコトが全くなされないほうが、日本の技術の未来は危うい。」といったようなコメントをされていたのが非常に面白かった。
私はどうだろう。
ケータイによる通話/メールのコミュニケーション(の価値)は、現在の小中学生にはあまり魅力的ではないと思っている。所持している人の方が少ない時点では、そうだと思う。
誰か特定または数人の相手とのコミュニケーションのためだけにケータイを所持したいと言いだしたら、頑張ってその言を無視すると思う。「リアル」のつぶやきも、隣の席や々部活の友達に向けてやってほしいと思うかもしれない。
でも、ケータイのような情報通信端末を使うと、自分の発する情報がどっかで価値を持つ、そんな可能性が広がることは体感して欲しいかもしれない。例えばオンラインで配信されるゲーム。たとえそれがアマチュアの作品でも、だれかが作ったゲームは世界のどこかの誰かにダウンロードされる可能性がある。
デジタルコンテンツやデバイスは商業的なそれとともに、アマチュアコミュニティで発展していくことが極めて重要だと思われる。アマチュアだからこそ変なことができるし、それがもしかしたらみんなにとって楽しいことになるかもしれない。
...と考えると、現時点での回答は、「中学1年生のお小遣い+お年玉でipod touchを買って、高校1年生からケータイを持ったら?」。
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シンポジウム後、コイズミ×ブッシュでテレビに何度も登場した権八で打ち上げに参加させていただきました。レゾナントの藤代さんの部下にあたる方が過去私の授業を履修されていたことや、コスプレへの関心が高さなどを知りました。
料理はおいしいし、すばらしい人格の持ち主ばかりで、楽しい雪の夜となりました。
